都内のとあるミュージアムを訪れた日のことです。
館内にはいくつもの展示スペースがあり、ゆっくりと順番に巡っていると、テーブルと椅子が置かれ、モニター映像を鑑賞するための小さな空間にたどり着きました。
そこには、テーブルを挟むようにして二脚の椅子があり、シニア世代と思われる男女が座っています。
奥の男性は、ごく自然な様子でモニターを見つめていました。
そして、手前に座る女性。
その姿を見た瞬間、私は何の疑いもなく「人形だ」と思いました。
眼球はまったく動かず、表情から意思のようなものは感じられません。身体も静止したまま。
けれど、その造形は普通の蝋人形とはまるで違っていました。
年齢を重ねた肌の少しくすんだ色合いをまといながら、不思議とつるりとした質感もある。髪には若い頃のような艶はないものの、きちんと整えられ、その年代ならではの雰囲気が実に見事に表現されているのです。
「これはすごいな…」
私はすっかり感心し、どれほど精巧に作られているのか確かめたくなりました。
そして、思わず手を伸ばしかけた…その瞬間。
動いたのです。
「えっーー!」
心臓が一瞬跳ね上がりました。
あまりの衝撃に、私はその婦人に驚いた顔を見られまいと、くるりと背を向けました。
そして反対側に向かって、行き場を失った驚愕の表情を思いきり解放。
おそらく、その瞬間の私は、展示物以上に面白い顔をしていたに違いありません。
後で、一緒にいた相棒も笑いながら
「いやぁ、人形だと思ったよー!」
「もう少しで触りそうだったよね~~」
と、まったく同じ勘違いをしていたことを告白。
二人でしばらく笑いが止まりませんでした。
それにしても驚きです。
芸人さんや役者さんではない、ごく普通の一人の女性が、しかも何かを演じようと意識することなく、あれほどまでに「人形」を表現できてしまうとは...
もちろん、ご本人はただ静かに映像をご覧になっていただけなのでしょう。
しかし、その存在感は至極印象的でした。
思いがけず出会った「生きた人間の表現力」に、私は感心すると同時に、人という存在の奥深さを学ばせてもらったのでした。
もしあの時、本当に婦人に触れてしまっていたら…。
今思い出しても、冷や汗とともに笑いがこみ上げてきます。
ミュージアムや庭園を楽しんだ日のエピソードでした。
小さな想い出が増えていくと、彩ある大きな幸せを感じる日々となる気がします。

